文、はたて、椛の三人はお空を山に留めるべく、行動を開始した。 話し合った結果、天狗の首領である大天狗たちの了承を得ることを最終目標とすることになった。 だが、下っ端の天狗である三人がいきなり直訴しても、受け入れられる可能性は薄いということで、各々の大天狗たちに顔の効く、より下位の天狗たちから説得していくことにした。 また、お空が山に定住した時のことを考え、天狗につぐ勢力である河童たちとの交渉と、天狗たち及び他の妖怪からお空の偏見を取り除くための周知活動も同時進行で行うことになった。 文は烏天狗や一部の妖怪を、椛は白狼天狗と河童とを、はたては文や椛とは縁の遠い天狗仲間たち、そして、新聞を通したお空のイメージアップを――文章量の多さと説得力に優れているということで、文々。新聞ではなく花果子年報が適任だという判断がされた――それぞれ担当した。 交渉は難航することが多かった。地下の妖怪にはもともと偏見を持つものが多かったのである。 三人はお空の無害さと友好性、地下の妖怪を研究する必要性などを語り、粘り強く説得を続けた。 お空も頑張ってくれた。前述のとおり説得は難航することが多かったが、そんな時にはお空自らが担当の天狗に連れられ、その場に赴いたのだ。 実物の効果は大きかった。お空自体が素直で明るい性格だったこともあり、大抵の天狗は心を許し、交渉の決め手となる場合も多かった。 中には馬鹿にしたり、挑発するものもいたが、お空は暴れずによく耐えてくれた。 一日の終りには文の家に集まって各々の進行状況を報告し、今後の方針について話し合った。 そして話が一区切りついた後は、お空が会議の間に用意してくれた食事を食べながら盃を酌み交わすのだ。 疲れきっている四人にとって、皆でくだらないことを喋りながら呑む酒は何よりの活力であり、楽しみであった。 天狗三人の仲は、お空を介して急速に縮まりつつあった。 そして、ついに三人は天狗たちを統べる大天狗たちとの会議へとこぎつけることができたのである。   == 「ほら、こうやればツルが折れるよ!」 「ふむ。地獄烏はなかなか器用なものなのですね。興味深い」 「え、鶴ってそんなに足が生えてるもんなの……?」 会議にはお空の保護者である文が出席しているため、他の三人は自宅で待機していた。 各々内心は不安に満ちていたが、普段通りに振る舞うことで心の平静を保っていた。 三人が折り紙に興じていると、ようやく文が大天狗たちとの会議から帰ってきた。 憔悴しきった様子の文のもとへ三人が駆け寄る。 「どうだったの?」 尋ねるお空の顔は不安げで今にも涙がこぼれ落ちそうだ。傍らの天狗二人も同じように心配そうな顔をしている。 文はだまって親指を突き立てた。三人から歓声が上がった 結論から言うと、お空が文と暮らすことは承認された。 直属の上司は文自身で説得したものの、他の大天狗に関してはやはりはたてや椛が入念に根回しをしてくれたことが大きかったようだ。 「やったぁ!これでお姉さまとずっと一緒だね!!」 「まあ私が協力したんだから当然よね」 「これで本格的な研究に臨めそうです」 しかし、うれしそうな三人に対して文はまだ浮かない顔のままだった。 「それがね、そう簡単にもいかないみたいなのよ」 「どういうことよ?」 大天狗たちはお空を受け入れることに対して二つの条件を出してきた。 一つ目は文がお空と一緒に暮らし、定期的に報告書を提出すること。 これはお空を居候させていた時の対応策と特に変わらない処置だ。容易に受け入れることができるだろう。 問題は二つ目の条件だった。 「八咫烏の力をね、抜かなければいけないのよ」 お空の操る核融合のエネルギーは強大である。上手く使えばエネルギー供給源として優秀だし、強力な武器にもなるが、反面その力が災いの種になる可能性は否定できない。もとより天狗は保守的である。エネルギー革命の恩恵を受けられる河童とは異なり、この力自体、更にいうと新参者の山の神も快く思っていなかった。 制御棒を取り外したり、水素の供給を断つことにより一時的に力を使えなくすることはできるものの、半永久的に妖怪の山に住まわせるとなると、山の管理者としては災いの芽は摘んでおいたほうが安全という判断を下したのだ。 「でも、そんなことできんの?」 「わからないわ。とにかく山の神のところにうーちゃんを連れて行くしかないわね」 「そうね。どっちみち山の神との交渉は避けられないでしょうからね」 だが、そう簡単に八咫烏を抜くことができるのだろうか。そもそも山の神はそれを許してくれるだろうか。 文とはたてはお空を見た。急に見つめられて恥ずかしくなったのか、お空はおもわず顔を赤らめた。 「いいよ、この能力もしばらく使ってないし。さ、早く山の神様に頼みに行こうよ?」 健気にもそう言ってくれた。 文としては嬉しかったが、しかしまだ心のなかにわだかまりが残っていた。 文としては嬉しかったが、あんなに自慢していた能力を失うのに、なぜお空はこんなにもあっさりと承諾してくれるのか。こちらの都合で勝手に失わせてしまって良いのだろうか。初めて会った時に見た、楽しげに弾幕を操るお空の顔が脳裏に浮かぶ。 「ありがとう、うーちゃん。でもまだ河童の問題があるわ」 河童たちは核融合炉の研究に夢中になっていた。その核融合炉を奪ってしまったら河童たちからの反発は必須だ。 しかし、河童との交渉を担当した椛の意見は意外なものだった。 「いえ、行ってください、文さん」 「どういうことなの?椛」 文は思わず聞き返してしまった。椛が焦っているのかと思ったからだ。 「河童たちはお空ちゃんを山に残す際の条件を特に求めてはきませんでした。これはお空ちゃんを研究するのにはそのほうが好都合だという意味合いもあったのかもしれませんが、どちらかというと河童自体に約束の概念が薄いからだと思われます」 「だから余計に慎重に……」 「いいですか、文さん。河童は私達と違って規則やルールにあまり縛られません。個々人が自分の欲望にしたがって勝手に行動します。だから大雑把なルールしか設けないし、守れないんです。ここで新しい情報を与えて交渉を難航させるよりは、条件を提示していない今のうちに神様との交渉を済ませてしまったほうが得策かと思われます」 「聞かれなかったから答えなかったんだよ、というわけね」 ひょっとしたら椛は宇宙からやってきたのかもしれない。なぜかはたてはそう思った。 そのうち耳毛がものすごく伸びて人間の少女を勧誘しだすかもしれない。 「そうね、椛の言うことにも一理あるわ。でも、八咫烏を抜くという報告だけはしてあげてちょうだい。何も知らせないのは不誠実だわ」 「わかりました。普段からそれくらい生真面目でいてくれたら助かるんですけどね」 声に笑みを含ませて、椛は小屋から出ていった。 「よし、善は急げね。ぱぱっと行ってささっと片付けちゃいましょうよ」 張り切って外に出ていこうとするはたての袖を文がつかんだ。 「悪いけれどはたて、ここから先はあなたは連れていけないわ」 「どうしてよ!?」 当然自分も行くと思っていたはたては信じられないと言った表情で文をみた。 文は頭もよく、聞き上手ではあるが、交渉ごとは得意ではなかった。相手の理解が遅いとつい高圧的になりがちで、相手の反発を買いやすいのだ。 今までの天狗内の交渉、説得でもはたてがフォローした場面が何回もあった。だから肝心の場面で自分がついていかないのは不安だった。 「山の神との交渉は私に任されたの。元々この要求は私とうーちゃんの意思であって天狗全体の総意ではないですからね。条件が条件なだけに、下手をすると神様や河童の怒りを買いかねない。もしそうなってしまったら、あなたの身を危険にさらすことだって考えられるわ。だから、万が一の事を考えて、山の神のところへは私とうーちゃんだけで行ってこようと思う。今までありがとう、はたて」 「あんたは……!」 ぴしゃり、とはたてが文の頬を打った。 「馬鹿!意地っ張り!そうやってあんたはいつだって自分だけで背負おうとするんだ!私はね、あんたが声をかけてくれた時、少しは他人を信用するようになったんだと思って嬉しかったのよ!だからいままで協力してきたんだ!でも、ここにきて自分だけの問題だなんて、そんなのないわよ!もう勝手にしなさいよ!」 はたての怒声は最後には涙声になっていた。 文に幻滅したのか、それとも泣いている姿を見せたくないのか、はたては出ていってしまった。 文は何も言い返さなかった。お空はどうしたら良いかわからず、おろおろとしていた。 「うーちゃん、お酒の準備をしましょう」 文はたったひとり残ったお空に、交渉の際の貢物を準備するように促した。 二人だけの部屋は、さっきよりも広く感じられた。