マイ・ディア・レインディア ~赤い髪のルドルフ~ 「まっかなおっはっなっのー♪トナカイさーんーはー♪」 さむいさむい12月の夜。 雪の中を進むひとつのソリ。 「いつーもみっんなっのー♪わーらーいーもーのー♪」 そりを引くのは九頭のトナカイ。 ソリに乗るのは赤い服のおじいさん。 新しい雪にわだちを残して、ソリは走る、ずんずん走る。 遠くに見えるのは家々の温かい光。そんな温かさに背を向けて、暗い夜道をソリは進む。 だけれど、、おじいさんの顔も、トナカイの顔も、よろこびにみちている。 世界中の子供達が、まっていてくれるから。 けれども…… 一面の銀世界も、モミの木も、ここ地霊殿には関係ない。地下の世界には季節なんてないから。 12月24日。 季節を教えてくれるのは、カレンダーだけ。 すごしやすいからいいのかな?でもなんだかつまらない。 「はぁ……」 絵本を閉じて、ため息をついた。 ふと目を上げると、だらしなく脱ぎ捨てられた靴下。 「お空かな?」 だらしないなぁ、ちゃんとかごに入れないと……。 立ち上がって、靴下を拾い上げてみる。 「靴下……そうだ!」 その瞬間、私はすてきなことを思いついた。 == 「にゃ?さとりさまにプレゼントを?」 ソファーでくつろいでいたお燐はびっくりしてふりむいた。目がまんまるでお皿みたい。 コーヒーカップからは白い湯気。猫が熱いコーヒーなんて飲んでいいのかな。 「誕生日でもないのにプレゼントだなんて、一体どういう風の吹きまわしです?」 「これこれ」 私はさっきの絵本を開いてお燐に見せた。 絵本にはベッドで眠っている女の子と白いおひげのおじいさん。 おじいさんは持ってきた大きな大きなプレゼントをベッドの靴下に詰め込んでいるところ。 目を閉じていて、見えないはずなのに、女の子はとっても幸せそう。 「なんですこれ?まさか、ロリコンが不法侵入してる決定的瞬間……」 「ちがうの!これはサンタクロース!」 どうやら、お燐はクリスマスを知らないみたい。私が教えてあげないと。 でもサンタクロースをロリコンだなんて、お燐はすごくデリカシーがないなぁ。 「クリスマスにはね、サンタクロースっていうトナカイに乗ったおじいさんがプレゼントを持ってくるの。それにならって、外の世界では大切な人にプレゼントをあげるのよ」 「へぇ、外の世界にはそんな習慣が。じゃああたいはおくうに何か……」 お空のことを話すとお燐はすごく嬉しそうになる。 お燐の注意をなんとかこっちに向けさせなきゃ。妄想モードに入ると止まらないから。 それに、私はそんなお燐を見ると、なぜだか胸が少しいたくなるんだ。 「お、おねえちゃん、本が好きでしょう?たまには地上の本を送ってあげたいなって。だからお燐、買い物に付き合ってよ」 「うーん、でもこいし様、悪いんですけど、気配を消せるんですからお一人で行ったらいかがですか?」 だけども、お燐はまだ渋い顔。大げさに自分の体を抱きしめた。猫だから寒いのは苦手なんだね。 でも、ごめん、私は一人では行きたくないの。 「嫌よ、お燐と一緒がいいの。それにさ、気配を消したら買い物にいけないでしょ?」 「盗んできちゃ……だめですよね」 お燐はちょっと苦笑いをして、おおきく伸びをして立ち上がった。 「わかりました。でも、これはお空やさとりさまにはナイショですよ?」 人差し指を立てて、それがサンタクロースなんでしょう?っていたずらっぽく笑って、お燐は私の頭を撫でてくれた。 「うん!」 私もわらって、親指をつき立てた。 == 風穴の外は絵本の中から飛び出したみたいな銀世界。 たくさん着込んで、寒くないようにして、お燐と私、二人で歩く。私が先頭、お燐はその後ろ。 「でもっそのっとしのー♪クリスマスーのーひー♪」 新しい雪は踏むとさくさく、いい気持ち。おもわず歌を歌いたくなっちゃう。 「こいし様、いい歌ですね」 「えへへ、新しく覚えた歌なの。クリスマスの歌」 だいすきなだいすきなクリスマスの歌。お燐に褒められて、私はちょっと得意になっちゃう。 「サンタさんのソリをひくトナカイは九頭いるの。ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、ドンダー。ええと、それから、ブリッツェン、キューピッド、コメット、そしてルドルフ」 「へえ、サンタクロースってたくさんペット飼っているんだ。なんだかさとり様みたいですね」 そうか、サンタさんはお姉ちゃんに似ているんだ。 「サンタさんになれたら、私もお姉ちゃんみたいになれるのかな?」 「よくわからないけれど、これからプレゼントを送るんですから、こいし様もサンタクロースみたいなもんじゃないでしょうかね?」 でも、私はお姉ちゃんほど動物に好かれてない。 私がサンタさんでも、トナカイがいないんじゃ、プレゼントをくばれないよ。 「でもトナカイって鼻が赤いんですね。変なの」 にやにやと笑いながら、私の大好きな歌にお燐は茶々を入れてきた。私はちょっと、むっとする。 「赤いのはルドルフだけよ。変わり者で、他のみんなから笑われていたの。お燐だって人のこといえるの?黒猫なのに赤い髪の毛じゃない」 「あたいは変わり者でも笑われてもいないですよ。それに赤い髪の毛はかっこいいじゃないですか」 「そうかなぁ」 「そうですよ」 顔を見合わせて、ふたりで笑う。 お燐は私のつまらない話も嫌な顔しないでにこにこして聞いてくれて、つまらない話で返してくれる。 だから、お燐とお話するのはすごく楽しい。 == 「サンタのおじさんはー♪いーいーまーしーたー♪」 楽しい時間ははやく過ぎ去る。だから人里へもあっという間に着いちゃった。 冬の人里は街灯がいつもよりもキラキラしていて、それが雪にきらきら反射して、まるでお星様にはさまれているみたい。旧都のお祭りもきらきらしているけど、ちょっとこれとは比べ物にならない。 「へぇ、賑やかだなぁ。師走になれば教師も走るってね」 そしてそのお星様の海を埋めるたくさんの人。夜も遅いのに道がごったがえしてる。この混み具合だと、お燐には悪いけど、弁当箱みたいな帽子をかぶった女の人がいても、ちょっと見つからないと思うな。 「仙人注意?なんのことだろ?お、あっちでイワシ売ってる。いいなぁ。賑やかだなぁ。ひょっとしたらどっかで葬式をやってる可能性が原子核レベルで存在……?」 お燐はにぎやかなのが大好き。きょろきょろあっちこっちを見渡して、犬じゃないのに雪の上を走り回りそう。 でも…… 私の足は震えている。 怖いんだ、人ごみが。 今日は気配を消していないから、人の視線が容赦なく突き刺さる。 ふと、通りの人と目があった。 私の頭によみがえる たくさんの思念 視線 突き刺すような嫌悪 投げつけられる悪意 罵声 もう胸の瞳は閉じたのに。二度と傷つかないよう、心を閉ざしたはずなのに。 消えない恐怖の記憶が、冷たい冬の空気よりも私の体を凍りつかせる。 私の脚から力が抜けて、雪の上に尻餅をついた。 「こいしさま?」 へたり込んだ私に気づいて、少し離れて歩いていたお燐が戻ってきてくれた。 お空だったらそのまま遠くに行っちゃっていたかな。やっぱりお燐に頼んでよかった。 「大丈夫ですか?お腹がいたいのですか?こんなにも寒いから」 心配そうなお燐の顔。優しい言葉をかけてくれるから、申し訳ないけれどちょっとだけ胸が暖かくなる。 「ごめんね、お燐。地上にいた頃を思い出しちゃって。お燐と一緒ならいけるかなって思ったけどやっぱりダメみたい」 私のわがままで連れだしちゃったのに、ごめんね。でもこれ以上お燐に迷惑はかけられない。 「やっぱり、帰ろっか?」 笑顔をつくってみたけれど、やっぱり悔しい。頬にひとすじ、ひときわ冷たい線ができた。 == 「……帰りません」 でも、お燐は私の言うことを聞いてくれなった。 「さとり様にプレゼントを送るのでしょう?こいし様」 問いただすように、お燐は私の目をじっと見つめた。 声はいつもより低くなって、震えてる。怒らせちゃったんだね。ごめんね。 「でも、私……」 「こいし様、自分自身はプレゼントをほしいって一言も言いませんでしたよね?他の人のために、怖い思いを克服しようって町にでたんですよね?そんなあなたの優しさは、無駄にするべきじゃないんです」 怒ってるわけじゃなかったみたい。ぐずる私の弱気を吹き飛ばすみたいに、力強い声でお燐は励ましてくれる。 いつものおちゃらけてるお燐とは別人みたいな真剣な表情。まっすぐに見つめるから、ちょっとだけ胸がドキドキしちゃう。 「それにあたいは嬉しいんです。お空じゃなくて、あたいと一緒に行きたいって言ってくれたこいし様の気持ちが。だから応えたいんです。その気持ちに」 お燐は私の手をしっかりと握りしめた。雪の冷気に負けない温かい手で。 「行きましょう、こいし様。あたいが手をずっと握っていますから。これならば目をつぶっていても大丈夫でしょう?立てなければおぶってでも行きますから」 冗談っぽく笑ったお燐は、いつものお燐に戻ってた。 そんなお燐の笑顔を見たらなんだか私もほっとして、すっかり元にもどれたみたい。 そうだね、私もお燐の気持ちに答えなきゃ。 「大丈夫だよ。立てるよ、歩けるよ。お燐が手を握っていてくれるから」 ちょっと震えていたけれど精一杯、声を出したつもり。 お燐はゆっくりと歩き始めた。 私もゆっくりと一歩を踏み出す。お燐がつくった足あとを踏みしめて。 「くーらーいーよーみーちはー♪ぴかぴかのー♪」 私の歌に気がついて、にかっ、とお燐は笑顔を見せてくれた。 「おーまーえのーかーみーがー♪やくにたつーのさー♪」 歌いながら、私も笑う。 ルドルフが暗い夜道をぴかぴかのお鼻で照らしてくれるみたいに お燐はぴかぴかの笑顔で、いつも私を照らしてくれるんだ。 「いつーもなーいーてーたー♪サンタのおじさんはー♪」 ありがとう 「こよーいこそはーとー♪よろこびまーしーたー♪」 ありがとう わたしの大好きな赤い髪のトナカイさん。